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住宅ローン利用者で、「変動金利」を選ぶ人が急増!
2009年8月の住宅金融支援機構の調査では、住宅ローン利用者の「変動金利」を選択する割合が急増しています!
その全体に占める割合も50%を突破し、都市銀行などでは80%以上にも上っています。
ナゼ、ここにきて「変動金利を選択する人」が増えているのでしょうか?
その理由は、「変動金利のローン」の低い金利が魅力的に映るからでしょう。
現在、「変動型のローン」と「固定型のローン」のそれぞれの金利を見比べてみると、「変動型のローン」の方がかなり低いため、急増していると推測できます。実際、「変動型のローン」金利の場合は1.5%程度です。一方、当初10年間の「固定金利のローン」金利は3.2%程度です。だから、1.5%の変動金利を選ぶ人が半数以上になっているのでしょう。
また、2009年9月ののリーマンショック以降、今年に入って物価下落のデフレ経済下、日本銀行の低金利政策に変更はなさそうだという判断も、「変動金利」を選択させる要因になっていると思います。
「変動金利のローン」は、日本銀行の政策金利に影響を受けて適用金利を原則として半年ごとに見直す商品です。
一方の「固定金利のローン」は、当初から一定期間、もしくは全期間の金利が最初から決まっている商品です。
「住宅ローン」は長期間借りている商品ですので、「金利の動向」によっては不確実なところもあるのを忘れてはいけません。確かに、1995年頃から以降においては、変動型ローンの金利は安定して推移してきました。しかし、バブルの終わりの1990年には最高8%という想像を絶する高金利の時代があったことを決して忘れてはいけません。
米国のサブプライムローン問題では、当初、低かった金利が5年目から16%などという途方もない金利になり、低所得者層を中心にローン破綻者が急増しました。
日本で元利均等方式の変動金利住宅ローンの場合は、適用金利が上がったとしても当初の5年間は返済額は据え置かれますし、次の5年も最大1.25倍までしか返済額は増えません。しかし、それでも雇用不安が叫ばれている現在の日本社会では、住宅ローン破綻者が増加しないとも限りません。
そこで、いったん金利の低い変動型で借入を起こしておき、金利が上がりそうになれば固定型に切り替えて負担の急増をなくそうという考え方が出てきます。しかし、なかなかこの方法も難しいのが現実です。
「住宅ローン」を選択する場合、目先の支払いの安さだけで変動金利型で返済額を膨らませていると、金利上昇時の返済額急増というショックは甚大なるものになるでしょう。
やはり、マイホームを購入する場合、頭金をしっかりと貯めて元金を少なくするのがベストな戦略です。
世界一カンタンな計算式
「知識」とは、本を読んだり、セミナーに参加したりして左脳に詰め込むものです。
私たちは小さな頃から机に座って、さまざまな「知識」を左脳に詰め込んできました。
興味を感じるものだけでなく、興味を感じないものまでさまざまです。
それは試験でよい点を取るためだったり、親や先生に褒められたいがために・・・!
では、その間、右脳はなにをしていたのでしょう・・・?
「右脳」はインスピレーションであるとか、
感受性や色の感じ方などの直感的な部分が担当です。
それに忘れてはならないのが、「右脳」は「夢」や「潜在意識」を担当しているということです。
「左脳」は「顕在意識」。「右脳」は「潜在意識」。
「左脳」に詰め込むだけ詰め込んだ「知識」は、
「右脳」の強い「潜在意識」とスパークして「知恵」になります。
今回は「世界一カンタンな計算方法」を解説したいと思います。
この計算式は、あなたが不動産と係わり合いを持つのであれば、
絶対に役に立つのは間違いありません。
持ち家と賃貸はどちらが得か?
日本のあるところに、アパート住まいのAさんとBさんがいました。AさんとBさんがそれぞれ現金で3000万円を持っていたとしましょう。Aさんは、その3000万円で迷わずマイホームを買いました。Bさんは、その3000万円で有価証券を買いました。AさんとBさんの違いは、資産をストック資産である不動産で持っているか、それとも流動資産である有価証券で持っているかだけで、総額は変わりません。この二人の優劣は、それぞれの資産が収益を生み出すかどうかで判断されます。これが会計の考え方です。
ケチになるということ
「ケチな生き方をして金持ちのまま死ぬ」のは、価値があることだろうか?
実は、そんなことはない。
その理由は、いくら切り詰めた生活をしてコツコツと貯めてきた人の子供が、その親がなくなった後、まるでハイエナのごとく豹変する場合が多いからだ。そういう子供たちは、親が残してくれた遺産をありがたく受取る替わりに、「分割」をめぐって争い、「正当な取り分」を主張しあってケンカするばかりか、まもなくそれをいともかんたんに使い切ってしまうことが多いからだ。
死ぬまでケチな生活を続けるよりも、「欲しいものがあれば、そのために支払うべき代価」のことを常に考えるほうがよほど面白い。
「これを購入して、自分にはどんなメリットがあるのか?また、デメリットはないか?」。一回一回、その場その場で考えるほど楽しい事はない。このことを横文字ではコストパフォーマンスということらしいが、買っても使わないものであれば無駄な対価になるであろうし、逆に、毎日一度は必ず使うものであれば、1ランク上のものを買ったとしても割に合う。ただ、使用しすぎるものは購入よりもリースが有利な場合もある。要は、購入者の使い方次第だ。
その点、女性は翌日のデートのために洋服を買ってきて、前日につるしておくだけでも幸せな気持ちになるらしい。さらに、その新しい洋服を着ている日は気分が良いらしい。女性に情緒があるというのはこのことなのだろう。
いずれにしても、「ケチな生き方をして金持ちのまま死ぬ」のはあまり面白くないようだ。一回こどの購入の機会に「代価」について考えるのがよほど面白い。
幸せな人生を手に入れるための代償
何かを手に入れるためには、なんらかの代償を払わなければならない。
言葉で言えばかわりやすい。
「○○になるためには△△しなければならない!」と言うようにだ!
これを投資の世界では、リスクとリターンという。
リスクとは「損をする確率」であり、リターンとは「儲け」である。
当然、「リスク(損をする確率)」が大きければ大きいほど「リターン(儲け)」は大きくなり(ハイリスク・ハイリターン)、逆に、「リスク(損をする確率)」が小さければ小さいほど「リターン(儲け)」は小さくなる(ローリスク・ローリターン)。
一番良いのは、「ローリスク・ハイリターン」であるがそのような話は世の中にゴマンとある。
お金の話で言えばわかりにくいので、ダイエットの新聞広告の話にすればわかりやすい。
例えば「「ランボー」や「ロッキー」の主演であるシルヴェスター・スタローンのような体になるにはどうすれば良いか?」と、質問されたとしよう。
その答えは「10kmのランニングを毎朝日課とし、朝食の後、毎日3時間の筋力トレーニング」だろう。
素晴らしい肉体を持ちたいと思っている人は、かなりの数になるだろう。しかし、「素晴らしい肉体」を手に入れるための「代償」を聞いて、ほとんどの人は「無理」だと思って当然である。
世の中の新聞広告を見渡せば、「この小さな魔法の薬を毎日飲み続けるだけで、食べながら痩せられる」とか「運動しないでランボーのような素晴らしい肉体が手に入ります」などがなんと多いことだろう。広告会社も儲かるだろうし、ましてはその魔法の薬のメーカーや販売元も儲かるからするのだろう。
「素晴らしい肉体」だけでない。「素晴らしい人間関係」、「お金」、「しあわせ」など、人間が望むもの全てに対して、このような広告がまかり通っている。しかし、その商品やサービスを購入したからといってほとんどの人たちはその望むべき姿を実現できない。
これは広告業界やメーカーや製造元が悪いとかは関係ない。購入者自らが「○○になるためには△△しなければならない!」の△△の部分(代償)を払わないからだ。
この世の中には、何らかの手段で自分自身の生活を良くしてくれる答えを探している人はたくさんいる。問題なのは「見つかった答えを本人が気に入らない」ということだ。「お金持ちになりたいのであれば、ケチに徹する事だ」とわかっていても、その代償が気に入らない。
ケチに徹する事がいやだからといって、非道徳的なことをやったり、人を騙したりなどはその代償に値しないものである(浄玻璃の鏡の前に立つまでは秘めておきたいあのこともこのことも)。
その代償はお金というものさしでも測れない。自分自身でその「答え」と「気に入る代償」を探し続けることこそ人生の歩みである。
「大きな家」に住んでいれば「金持ち」か?
小学校の頃、友達の誕生日パーティーに呼ばれた事がある。それはもう立派な家で、まさにドラえもんに出てくるスネ夫の家だといえばわかりやすいかもしれない。まさにそのようなイメージだった。
ある人に聞いたことがある。
「たくさんの給料をもらえる仕事、大きな家、かっこいい車、豪華な海外旅行など、このようなものはその人がお金持ちであるということを意味しない!」と・・・!
さらに、「贅沢なライフスタイルをおくる人たちは、頭がいいとか、良い教育を受けているのと反対の意味がある」と続く・・・!
しかし、一般の多くの人たちは、「大きな家」に住んでいれば「金持ち」だと思うだろう。私も子供の頃、呼ばれた誕生会の時はそう感じたのを強烈に覚えている。
では、本当に「大きな家」に住んでいれば「金持ち」なのか?
実は、「大きな家」に住んでいるからといって決して「金持ち」ではない。
その理由は、ほとんどの人が「大きくて豪華な家」や「高級自動車」、その他お金で買えるありとあらゆる「おもちゃ」を手に入れたいと思っているが、それらは全て消費材であり、あなたの財布に決してお金を入れてくれないからだ。
にもかかわらず、そのようなことを目論み、大勢の人が豪華な消費財を買う事を夢見て宝くじ売り場に並ぶ。宝くじで何億円もの懸賞金があたることはあるが、実際問題としてその可能性はとてつもなく低いのが現実にもかかわらず・・・?
確かに、人も羨むほどの豪邸に住めば気分は良い。高級自動車も同じ。人よりも素晴らしい生活をするのは、人を見下して暮らすということの裏返しであり、いわゆる見栄とか体裁の部分にあたる。
しかし、給料以外に「お金を稼いでくれる資産のない人」が、自らの給与だけで大きな家に住むということは、人生において大きなリスクであり回避すべきである。「幸せのマイホーム」というがほどほどにしておかないと、「子供たちとの思い出作り」どころか、「残業続きで見るのは子供の寝顔だけ」ということになるだろう。それところか、ローンの返済が遅れれば奥さんだって家を出て行くことにならないとも限らない。
いずれにしても画龍焦点。まず足元を見ることが大切。